トイ・ストーリー4の魅力

エッセイ

  コロナウイルスで外出できない日々が続いている。私たちの家で過ごす事の楽しみの一つである、日本を含めた各国のテレビ業界も3密を守りながらの新しいコンテンツの作成は非常に困難らしい。そんな中で私たちを楽しませてくれるのは、これまでに制作陣が丹念込めて作られた既存の作品たちだ。

先日、『金曜ロードショー』にてディズニー・ピクサースタジオによって手がけられた、子供から大人までに愛されていると言っても過言でない『トイス・ストーリー3』が放送された。

おもちゃが動く

たった7文字のこのテーマを聞くだけで、作品を知らない人でもワクワクするのではないか。放送後、Twitter・instagramをはじめとするSNSで視聴者たちの作品に対する感想やシリーズを通しての印象など、多くのコメントを目にする1日となった。この作品、私としても幼少期から馴染み深く、愛してやまない作品の一つだ。多くのコメントをネット上で拝見し、様々な人と意見を共有する中で、とても素敵な時間を過ごすことが出来た。しかし、コメント内には気がかりなこともある。

「トイ・ストーリー4は観なくてもいい。」

「3で終わっていて欲しかった。」

多数聞かれるこの意見であり、シリーズの中で一つだけ異彩を放つ4を受け入れることへの困難に対する理解は出来るものの、シリーズを通してこの作品を好きな私としては寂しさも隠しきれない。

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私と父親

 私は、『トイ・ストーリー』1作目が制作された年である1995年に生を受けた。両親との関係も悪くなく、何不自由なく育ててもらえたと今では感謝している。

両親の関係は、とても仲がいいわけではないが悪いわけでもないという、極めて普通の父親と母親であると認識している。しかし、子供ながらに思うことは、母親が世話をし、父親はそれを見守っている印象だ。父は家庭よりも仕事に対して働きかける事が多い。

限られた時間の中で家族内での父親の役割を現在に至るまで全うしていると感じることも多い。たとえば、家族での会議事項があれば仕切り役を買って出て子供たちの意見を聞き入れて発信したり、息子の私を大学に入れるまでの間、毎日の仕事に励むとともに、経済的な困難や大きな出世、左遷での転勤などに悩まされること無く家族は過ごすことが出来た。

現在、私が親元を離れて3年が経つ。母親は偶に空の巣を眺めることもあるようだが、父親は会社で思いきって新たな取り組みに動いた様だ。なんで今なのかと訪ねると、母親と旅行に行く資金稼ぎらしい。

前回までのウッディ

 話を現実からおもちゃの世界に戻そう。だが私の捉えるトイ・ストーリーが描くおもちゃの世界は、現実の世界とそう遠くないのではないかと感じる。いろいろな映画誌や評論家の話など、どこかで一度は耳にしたことがあるかもしれない。「トイ・ストーリーは父親と息子の話であり、子供向け映画制作のスタッフと消費者の子供たちの話」というのが裏のテーマにあるらしい。両方ともこの上なく面白い意見ではあるが、4を素敵な作品と捕らえる上では「父親と子供の物語」という視点で作品と向き合うことをお勧めしたい。

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 トイ・ストーリーは、アンディという子供の持つおもちゃが主人公であるが、中でもカウボーイ人形のウッディは、アンディの一番のお気に入り。おもちゃの中でもリーダーシップをとり、現実世界の男からみても、仕事が早くできる頼りがいのある男だと感じる。作品中、アンディの母親は登場するものの父親の姿はみられない。このような状況のなかで、世話をする母親とアンディの関係・アンディの成長をおもちゃらしく静かに見守る。私も多くの人が感じたのと同様に、アンディにとってウッディは父親的な役割を担っているのではないかと考える。

 4までの物語の中で ウッディは、自分よりも新しく作られたアンディを虜にするおもちゃ、バズ・ライトイヤーに焼き餅を焼くと共に自分たちの役割を再認識する。また、アンティーク人形としての自分に付加価値があることを知り、新たなおもちゃの役割の道を見いだす事が出来たがアンディのおもちゃであることを選択することとなった。そして、アンディのおもちゃであるという事を全うし、大学生になったアンディと別れる寂しさも経験してきた。ここまでの物語をみて、父親が経験するであろう心情や状況が散りばめられているのではないかと私は思う。

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